いちごいちえ

山のこと。思う。感じる。

5/16-18 出国、そしてサンディエゴでの日々

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いよいよPacific Crest Trailのハイキングに向けて日本を発つ時がきました。

 

一時的に引っ越した実家を出発し、長年過ごした大阪、京都、東京と街を転々と、半年間日本を離れるので挨拶も兼ねたくさんの友人に会いました。

旅立つことは、社会の流れから一時離脱する意味もあり、少なからず不安もあるものですが、幸い多くの友人は、応援してくれたり、逆に勇気をもらったと言ってくれる人もいたり、おかげで大切な時を前だけ向いて出発に向かうことができました。

 

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そして、出国当日。

出発地の羽田空港には、友人美女2人組が見送りに来てくれて(^^)、搭乗手続き直前まで女子会状態だったため、その余韻のおかげで1人旅立つことに淋しさを感じずに出発することができました。

 

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まずはロサンゼルスまで約9時間の空の旅。

 

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その後、サンディエゴ行きの飛行機にトランジット。入国審査が厳しいと聞いてたものの、復路のチケットの有無や、PCTの詳しい説明についても聞かれることもなく、難なく入国できました。

 

そしてバックパックを一度ピックアップし、広い空港内を歩き回り、トランスファーカウンターで再度バックパックを預け、バスに乗り国内線ターミナルへ。飛行機が行き交う中を颯爽と走るバスの車窓は、飛行機との距離が近く、日本と違い迫力満点でした。

ターミナルの建物に着くと、掲示板には出発時間変更の表示が。仕方ないのでのんびりソファに腰を下ろして待ちます。ロビーではアコースティックギターを弾き語りで歌う男性の歌声が響き、歌い終わると拍手が飛び、そんな雰囲気の中、アメリカに来たことを実感しました。

 

そしてようやく出発予定が近づいた頃、更に飛行機はキャンセルになってしまいました。 他の搭乗口に案内され、更に1時間待たされます。振替便の空席を穴埋めする形でキャンセルされた便の乗客の名前が読み上げられていきます。本当に名前を呼ばれるか心配でしたが、無事に呼ばれ、なんとか約3時間遅れでサンディエゴに到着しました。

 

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 たらい回しされたことで心配だったのが預けた荷物。案の定 ベルトコンベアから出てくるはずの私のバックパックが出て来ません。まさかの半年以内で人生2度目のロストバッゲージ。

 

一度経験すると人は勉強するもので、もう動じることはありません。手荷物カウンターに行き手続きをし、滞在予定のトレイルエンジェル(ハイカーを助けてくださるボランティアの総称)宅に届けてもらうようお願いしました。

 

その後、お世話になるScout & Frodoのお宅へ向かいました。本来送迎に来てもらえる予定だったので、飛行機が遅れたことにより自力で向かわないといけません。サンディエゴではタクシーとUberがメジャーに使われているそうで、価格も安く人気のUberに初挑戦。アメリカで使える格安SIMを予め契約していたので、スマホでスムーズに調べることができました。

ちなみに、契約した格安SIMはH2O KDDI Mobile。アメリカで人気のAT&Tの電波網を利用しており、サポートも日本語ということでこちらを選びました。

 

ドライバーとの待ち合わせに少し苦労したもののUberはすごく使いやすかったです。

アプリでルートを確認した時点で金額が提示され、予約と同時にクレジットカードで決済。目的地まではカーナビに表示された最短ルートに沿って向かってくれるので、初めての土地でも迂回される心配もなく、安心して向かえました。ドライバーもいい人そうで、片言の英語ながら話も弾みました。

 

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そして、トレイルエンジェルの家に到着。

3泊お世話になるScout & Frodoのお宅は写真で何度も見たことがあったので、すぐにわかりました。

 

到着した時は2人は不在でしたが、スコットランド出身のハイカーDavidやアメリカ人のハイカーのLisaなど沢山のハイカーがいました。バックパックがロストしたと言うと、みんながとても親身に心配してくれ、口を揃えて早か出てくると良いね、と言ってくれました。

Davidは家のことにとても詳しく、ホスト並みに丁寧に教えてくれました。お腹は空いてないかと聞かれ、早速ディナーのトルティーヤの作り方を教えてくれたり、ハイカーが泊まるための庭に張られたテントに案内してくれ、スリーピングバッグしか手元に持ってなかった私に、ハイカーボックスからスリーピンクマットを探して敷いてくれ、これでは寒いかもしれないと、更にもう1枚マットを敷いてくれました。なんて優しい人なんだ!

 

そして夜、帰宅したScoutとFrodoにご挨拶。

背が高くとても優しそうな目をしたScout、大きな目をした美人で小柄なFrodo。2人は2007にPCTをスルーハイキングしていて、Scoutは今年Appalachian Trailをセクションハイクする現役のハイカー。

出発前のPCTハイカーを世界中から受け入れてくれており、とても頼りになる存在です。

 

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2日目。

朝5:00頃。昨夜ゆっくり寝て良いと言われていたものの、せっかくだし早起きすることに。ダイニングでは大きなテーブルを囲んで、Frodoが作ってくれたフレンチトーストやスクランブルエッグの朝食をいただきます。

Davidはこの日、スタート地点のCampoへと旅立ちました。

 

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旅に欠かせないベアキャニスターや浄水器、シルバーの傘など、US版のオンラインストアで予め買っておいたギアを無事に受け取りました。

 

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そして、心配していたバックパックも昼過ぎに届きました。少し傷が付いていたので保護袋に入れなかったことを少し悔やみながらも、無事に旅を始められそう安心です。

 

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午後からはFrodoがアウトフィッターのREIと、VONSと言うアメリカで有名なスーパーマーケットに連れて行ってくれました。

アウトドア用品はやはり日本よりも安い印象。食品などの物価は日本よりも少し高く感じました。VONSは会員カードがあると割引価格が大きいので、「お金を節約しなさい」とFrodoが貸してくれました。

 

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 慣れない買い物に2時間近く費やして、帰りは散歩がてら歩いて帰宅。

日本にないゆったりとした街並み。家も大きく、緑も豊かで、穏やかな日差しがゆっくりとした時間を楽しませてくれました。

 

夕方からも沢山のアメリカ人ハイカーがやって来ました。この日はちょっとしたパーティでした。レストランから届いたパスタなどを囲み、食卓は大賑わい。Scoutがハイカーたちに向けて色々な話をしてましたが、英語をほとんど理解できず、ただ聞くだけでした。とほほ。

そして、ご飯を食べた途端に、話の途中から、強い睡魔に襲われ、この日は食事が終わると即座に寝床につきました。

 

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3日目。

目が覚めるとテントには私1人。時計は5:30を回っていました。

他のハイカーはすでに荷造りを終え、朝食を食べているところでした。疲れが溜まっていたようで、9時間も寝通したようです。

 

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今日も沢山のハイカーたちがスタート地点のCampoへと旅立ちました。かわいいLisaともここでお別れ。私以外のハイカーは皆今日のスタートということで、1人だけ玄関からお見送りました。どこかお向かいに来ないお母さんを待つ幼児のような気持ちに似ています。

 

偶然にも、このお宅でハイカーを受け入れるのは今日までだそうで、私はこの家でお世話になる今年最後のハイカーとなりました。今日は夜に1人、アメリカ人のハイカーが来るそうで、それまでは1人バウンスボックスとバックパックの整理に勤しみます。

 

ここで少しご紹介。

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私のベッドルーム。

お庭に張られた3棟のテントがハイカーの寝床として当てられます。持参のマットとスリーピングバッグを使用しますが、ロストバッゲージに遭った際、マットとスリーピングバッグを貸してもらいました。

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ハイカーボックス

こちらに必要なくなったギアや食糧を入れ、いる人がそれを再利用するという、なんともエコで便利ななシステム。

 

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庭ではテントを畳む作業が始まるということで、私も手伝うことに。夫妻の友人の元ハイカーの男性2人も手伝いに来ていて、いろんな人に助けられて今があるんだなと改めて感謝の気持ちがこみ上げて来ました。

また、たくさんの人を助け、たくさんの人に助けられて、人とともに生きているScoutとFrodoの人柄がとても素敵に思えました。

そして、偶然にも最後のハイカーということで、こうして普段経験できない状況に出会えたのも嬉しかったです。 

 

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昼過ぎ、ようやくバウンスボックスとの奮闘もなんとか落ち着き、車でPost Officeに連れて行ってもらい、Warner Springsに食糧と消耗品の予備の入った箱を1つ、Kennedy Meadowsへ食糧を詰めたベアキャニスターと念のため持って来たブーツや防寒用のギア、2つの箱を送りました。

 

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家に戻り、リビングにある本を読るでいると、手に取ったPCTのデータブックの1ページ目に「千里のみちも いっぽから」という言葉が。

どうしてこんな所に日本語が?とも思いましたが、良い言葉なので、写真に収めました。

 

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現在、現地時間は夜3:30。

いよいよあと数時間後には、私も出発地点のCampoへ旅立ちます。

退職から1ヶ月、意外と忙しい日々

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4月30日。

今日で務めていた会社を辞め、ちょうど一ヶ月が経った。

 

 

その間のことはというと…

 

 

装備を一部新調した。

 

体調を崩して寝込んだ。

 

たくさんの先輩PCTハイカーさんと知り合えた。

 

虫歯を治し、親知らずを抜いた。

 

アメリカ行きの航空券を買った。

 

アメリカのオンラインストアでギアを買い、サンディエゴに送った。

 

実家に引っ越した。

 

日々Amazonでお買い物。

 

 

 

退職してすぐ、東京へ行き、PCTを歩くことが具体的になるきっかけをもらったハイカーズデポさんで色々教えてもらい、ビジョンが大きく具体化できて、装備も新調した。

装備は渡航後に店で買うこともできることから、気負わなくて大丈夫、と教えてもらい、自分なりに「日本で買う物」「渡航後に買う物」「アメリカのオンラインで予め買う物」とに分けた。対応の早いAmazon.comはすごく便利だと思った。そこで買ったギアは、サンディエゴでお世話になるトレイルエンジェル宅に送った。

 

大阪の自宅ではアメリカに行くための準備すると同時に引越の荷造りをし、先日長年住み親しんだ大阪を後にし、実家へと引っ越した。

家を引き払うのは少しばかり勇気が必要だったけど、換気のできない状況で半年間家を空けるのが心配なのもあったり、空家賃がもったいなかったりで、両親の協力のおかげでしばらく実家に家財を置かせてもらうことにした。

 

引越前には、知り合い・友達から励ましの言葉をたくさんいただき、自分が純粋にやりたいと思ったことを応援してもらえることが恐縮でもあるけど、嬉しかった。

一人アメリカに旅立とうと心に決めていたから、好きな人たちに優しくされると淋しくなってしまうけど、そんな人達に恵まれて、とても幸せです。ただただ、ありがとうございます。

 

「自分がやってみたいと思う事に挑戦する」

ただそれだけに、いろんな方の優しさに触れて、少し恐縮してしまうけど、素直にその人達へ感謝し、前に進もうと思います。

 

私はULを追求している訳ではないけれど、体力的に軽くしないと思うように歩けない。

重い荷物を背負ってみて、いかに軽さが強いかを知る。

だから、持っているギアで補いつつ、軽くできるものは軽く、でも、持っていきたいものは持っていく。

息抜きや楽しみも忘れないようにパッキングをしていきたい。

 

出発まで後半月。きっと、あっという間に過ぎていくんだろうな。

 

退職

3月31日、8年3ヶ月勤めた会社を退社した。


とても忙しく濃厚な日々で、くじけそうになる事は何度もあった。弱音を沢山はいた。

でも振り返ると、やはり社長や同僚や悩みを聞いてくれた友達のおかげでここまでやってこれたと、ここで働けたおかげで様々な経験をさせていただいたなと思う。

 

グラフィックデザイナーとして働く自分のデザインは、果たして人から見てカッコいいのだろうか…と、なかなか自分の評価が見えない環境のため悩む事もあったけど、とあるお客様からは、デザイナーとしてご指名いただく上、高い評価をしていただけていたと言っていただけた。

人に喜んでもらえる仕事をしっかりできていた事に安心できたし、1番嬉しかった。

 

最終日はプレゼン前という忙しい時期にも関わらず、社長、同僚、代理店の方々までも駆けつけてくださり、夜遅くまで送別会をしてくださった。

こんなにも多くの人に愛されていたなんて思いもしなかったので…、嬉しくて申し訳なくて泣いてしまった。
辛い事も多かったけど、ここで働けて本当に良かった。

 

ありがとうございました!

センチメンタルジャーニー

まだ始まってもないんです。

 

なのにね。

 

時々、自己嫌悪になる時があるんですよね。

朝から夜まで働くのが当たり前。

私以上に頑張ってる人は沢山いるのに、こんな歳で、こんなに好きなことをし続けて良いんだろうか。

 

一度きりの人生なので、私なりにやりたい事は挑戦していきたい。

 

 

でも、好きに生きようと思うと、社会や人の輪から外れるような不安と、わがままに生きている罪悪感と、孤独を感じる時がある。

 

だけど、私は私の道をゆくのです。

ネガティヴなこと考えるのに、なんでこんなに思い切るんだか。

我ながら変な性格ですの。

プランニング

今日は家で、地図と過去のハイカーの情報などを元に計画を立ててます。

と言っても、出だしが遅かったので夜更かし中。

 

今年は今世紀最大の積雪量だということ。

出発が遅めということ。

このふたつが懸念材料で、スッキリと計画が進みません。

 

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地図も厚さ3cm近い。

これを目の当たりにすると途方もなく思えてくる。

でも地図自体は後々具体的な場面で見るとして、今はそんなに見なくてもいいかな。

 

まずはガイドブックとWebで先駆者の人たちの足取りやデータを元にスケジューリング。

今年に入って計画を始めたもので、

他の人のブログを読んでいると、

自分があまりにも無知であることに気づきます。

 

知ってるつもりで何も知らない。

終電まで仕事だったり、

疲れで体調が優れなかったりするも、

できる時にできる事から始めなければ。

 

今月中に引越とマンションの解約も手配します。

半年分となると大きな金額になるから節約と、空気の入れ替えをしないまま放置するのが恐ろしいため。

ランクルームに預けるか、実家に送るか考えてます。

 

タスクの1つ1つはそんなに大変じゃないのに、

色々やる事が重なると気持ちが追いつかないなぁ。

ついに!

PCTへの道、最難関?

ビザの取得のため、今日は朝からアメリカ領事館へ。

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申請書類を入れたクリアーファイルとパスポートを持って、面接に行ってきました。

 

面接では、

何をしにアメリカに行くのか、

なぜ90日以上の滞在が必要なのか、

滞在中生活できる資金は十分にあるか、

アメリカに長期滞在するのに問題がない人物か審査されるということで、気合を入れて挑みました。

 

書類には何度も目を通していたし、不利になりそうな要素も持ってないから、たぶん大丈夫と心に言い聞かせていたものの、『準備の8割はビザ取得』と聞いていただけに前日から緊張していました。

 

英語で質問されたらなんて答えよう…とか、

落ち着きなく色々考えながら。。

I want to hike Pacific crest trail....モニョモニョ

 

 

いざ面接。

ドキドキ。ドキドキ。

静かに鼓動は高まります。

 

私より数人前に並んでいた人が、面接官から英語で質問されている…。

ちょっと身構える私。

 

そして私の番。

 

「おはようございます」

ほっ、日本語だ。

 

面接官

「どうしてアメリカに行こうと思ってますか?」

 

「パシフィッククレストトレイルを歩きたくて。メキシコの近くからカナダまで、約4000kmあるので5ヶ月かかるんです」

 

面接官

「長期の登山は経験ありますか?」

 

「最長で4日。テント泊もあります」

 

面接官

「リサプライはどうしますか?」

 

「えっと…、街に降りて郵便局から次の街に降りる日を計算して荷物を送ります」

 

面接官

「実はね、私は◯◯年にアパラチアントレイルを歩きました。PCTも計画したけど歩けなかったので、あなたが羨ましいです」

 

なんと、ロングディスタンスハイカーの面接官さん!日本百名山も登られるそうで、

 

長期の登山はしたことある?
北アルプスは行ったことある?

1人でPCTに行くの?
アイスアックスは使える?

 

山好き同士の会話は、面接にも関わらず楽しいものでした。

 

「アイスクライミングも雪山も行ったことあります」と答えると、

「じゃあノープロブレムだね!」

ということで、無事にビザを取得。

英語で話したのは、最後に

「Thank you very much!」と笑顔で発したお礼だけでしたw

 


あんなに緊張してたのに、アッサリを通り越して楽しい面接になるとは。

もっと面接官の方と話したかったな。

 

何はともあれ難関クリア!

これから本格的に計画と準備を始めます。

 

いよいよだ!

 

東山三十六峰マウンテンマラソン2016(後編)

前編を書いてから、慌ただしく年を越し、あっという間に3月に突入していました。
今更ですが、続きです。


〈スタート~宝ヶ池~比叡山中腹~北白川〉

スタートを切ると、文香ちゃんとトッキーくんが沿道で応援してくれていた。
トッキーくんが私を見つけてくれて手を振った。
宝ヶ池に向かう途中で二宮さんを見つけ、挨拶代わりに手を上げてすれ違った。
宝ヶ池は朝日が射し込みキラキラと清々しい。キリッと冷えた空気が気持ち良かった。
宝ヶ池をぐるっと1周してスタート地点へと駆け抜ける。

少し寝不足ではありながらも、鉄分のサプリを摂取して寝たからか体調がいい。
いつも寝不足のまま走ったり登山に行ったりすると、よく貧血になり気分が悪くなってしまうので効果覿面だった。
公園を後にし、川沿いの道を宝ヶ池駅方面へと進む。交通量の多い国道にさしかかり、歩道橋を歩いて渡る。
焦る気持ちを抑えつつ、「最初はとばしちゃダメ」というときちゃんのアドバイスを守り、ペースを守りながら走った。

住宅街の緩やかな坂道を上り、いよいよ森の中へ。
登りはやはりしんどい。でもできるだけ歩かないようにタイミングを見て前に出るように足を進めた。

秋に試走したので途中から見覚えのある景色が現れた。この付近で以前走った時にグローブをなくしたなぁと思い出しながら、ないに決まっているのに「あったらいいのになぁ」なんて思いながら走る。
杉林の登りを登り切ると、ダートの道と石鳥居が現れる。
ここから京都一周トレイルに入る。走るのがとても気持ちの良いトレイルで、好きな道だ。
体力も余裕があり、無理なく飛ばせそうなコンディションなのに、前が混んでいてなかなか進まない。もどかしい気持ちのまま、隙を見ては追い越し、前に詰まり、そんなことを繰り返しながら、行列は連なり北白川へ下りた。


〈北白川~大文字山~日向大神宮〉

北白川へ下りると、アスファルトの道路の端を走る。
住宅街の細い路地を縫いながら裏道を上っていくと、最初のエイドである京都挑戦中高級学校に出る。
そこに尾崎さんがいた。「しんどーい」「しんどいよねー」と声を交わしながら、
ポカリをおかわりして、バナナを一切れいただき、また走り出す。

校庭を横切り、大文字山の登山道に入る。観光客も多く人をかき分けながら進む。
いつ来ても、この登りはしんどい。
階段の段差も高く、息が上がる。あっという間に火床にたどり着きそうなイメージだけど、この区間が地味に長い。さらに火床から山頂までもある程度の距離がある。
大文字山を甘く見ている自分がいるのか、「すみません。」と思いながら進む。
一般の登山客も多い山なので、スタッフの人が選手が続いて登るのを中断して道を譲るよう促していた。
この日に大会を知らずに登ってきた人達は迷惑だっただろうな。お邪魔しました。
幸いすれ違う人達はみなさん「がんばってー」「すごいねー」と応援してくださった。
こういう声が励みになって、疲れている足にパワーがみなぎる。嬉しいな。

大文字の頂上も止まらずに下り道に入る。
「すごい。膝が痛くない!気持ち良い!!」夏から秋にかけて膝痛にしばしば悩んでいたので、気持ち良く走れる体がこの上なく嬉しかった。
走っていると、分岐点の手前でスタッフの人が立っていた。
なんだろうと思うと、なんと、コーラの差し入れ。こんな山の中まで運んで差し入れをしてくれるスタッフの方に感謝しながらいただいた。これがすっごく美味しかった。
さらに下り、天の岩戸を過ぎ、神社の境内が見えてきた。
京都のお伊勢さん「日向大神宮」。初めて大文字山に登ったときに訪れた場所で、思い出深く、慎ましい佇まいがとても好き。
境内の階段を下りると第2エイド。
そこで「いちごちゃん!」と呼ばれる。声の方向を見ると居るはずがない西さんがいる。
聞くと足を挫いてDNFだと言う。まさかと思った。
Stravaで走り込んでいるのを知っていたし、本気で記録を狙ってられた姿を見ていただけに、私まで残念だった。
本人が1番悔しいはずなのに、笑顔で送り出してくれる西さん。爽やかすぎます。男前です。
ぐっと力を入れ直し、日向大神宮を後にした。


三条通~将軍塚~清水山〉

坂道を下り、蹴上疎水にかかる橋を渡り、三条通を左に曲がる。
しばらくすると東山ドライブウェイへ続く坂道が見えてきた。
東山ドライブウェイの入口に、Run&WalkStyleのガンバフンバ隊を発見。
お店で購入したエネルギージェルをいただきながら走っていたので、心の中で「ありがとう」と呟きながら走った。

いよいよ後半の正念場。将軍塚まで続く東山ドライブウェイの長い坂道が始まった。
ときちゃんがスタート前に「ここではみんなに抜かされても、吊られることなくマイペースを貫くことが大切」とアドバイスをもらったので、ゆっくりでも止まらず、歩かず、走るペースを保ちながら上っていった。時々何人かに追い抜かされたけど、気にせず同じペースで上った。前を走る人は時々ペースが落ちて歩いていた。そのたびに距離が縮まり、あと少しで追いつくくらいで回復しまた走っていた。
できることなら追いつきたかったけど、無理せずペースを保ったおかげで東山山頂公園まで歩かずに到達できた。
そして、無理せず上りきったおかげで、体力に余裕を持てていることに気付いた。
山頂公園には小さなエイドがあり、ちょっとした食べ物も用意されていたが、立ち止まらずに通過した。
小さな負けず嫌いが顔を出した瞬間。

そこから清水山は緩やかな傾斜で疲れていたもののペースを保ったまま走れた。
清水山の麓には清水寺がある。姿は見えないけど、そんなところを走っているのがどこか面白く思えた。
下りにさしかかると気持ち的にも楽しく、足取りも軽快に気持ち良く下っていった。


国道1号線~稲荷山~伏見稲荷大社(ゴール)〉

清水山を下ると国道1号線の下を通る地下道をくぐり、側道へと進み、その脇の林道へ入っていく。
緩やかな山の中を走ると住宅街に出た。
軒先にランナーに「ご自由にどうぞ」と飴が置かれていたり、人の温かさを感じる。
しばらく住宅街のアスファルトの道を進む。
山の中は足元に神経を走らせるからかあっという間に感じるのに、
住宅街は同じ距離でも景色に飽きてしまいとても長く感じた。
あと少しで泉湧寺のエイドだと言われても、そこからがまた遠かった。
やっとエイドにたどり着き、ポカリスエットとバナナをもらう。
少し息を整えまた走り出す。
そこからいよいよ最後の上り、稲荷山へと入っていく。
橋を渡ると登山口。その手前に誘導のスタッフの女性がおり、
「あとたったの4kmです!ゆっくり楽しんで走ってくださいね。」と言ってくれた。

その言葉のおかげでハッと、気持ちに余裕がないことに気付けた。
「そうだ、楽しまなくちゃ。なんのために走ってるんだよ。」
そう思った途端、気持ちも楽になり、足も軽くなったように思えた。

残り2.5km。前を走る男性を追い抜き、しばらくその人が後続で続いていた。
すると「もしかしたら4時間切れるんちゃうか?」と話しかけられた。目標はただ自身最長距離を走り抜くこと。それ以上は考えていなかった。ふと時計を見ると12時45分。もしかしたら本当にサブ4できるかもと思いペースを上げた。

まだこんなに体力が残っていたのかと思うほど、息は荒いながらも夢中で走る。稲荷山の最後の上りは傾斜がきつかったけど、木にくくり付けられていた沢山の応援のプレートが元気をくれた。
急登を上りきるとあとは下るのみ。
足もまだ行ける!あとどれだけ残っているか分からないけどとにかく脇目を触れず走った。

鳥居が見え、残り…2km…1km。
薄暗くて細い石畳の道を進む。くねくねと思いの外長く、後続の人に追い抜かれないようにひたすら走る。
ラストスパートに飲んだジェルが効いているのか、まだ体に力が入る。
視界が開けてスタッフの人達が見えた。
伏見稲荷大社のゴールが見え、自分の名前が呼ばれる。
レースで1番興奮する瞬間。やりきった!

 

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タイムは3時間55分18秒。
初めて30kmという距離を走り切れた。
そして初めての距離でサブ4を達成できたことができた。
やればできるんだ!

もちろん、上には数え切れないほど沢山のすごい人がいるけれど、今の私にとってのベスト。諦めず全力を出せたから、「おつかれ、わたし!」とこの日は自分を褒めてあげました(^^)


だけど、ここまで走れるようになったのは、一緒に走ってくれる人たちがいて、楽しく走れるから。
一人だとこんなに楽しく走り続けることはできないだろうなと思う。1人で走るのも好きだけど、孤独では戦えない。応援してくれたり、頑張ってる人が近くにいるから、私も力をもらえるのです。
改めて、人との繋がりに感謝です。ありがとうございました!