初雪トレイル〈峰床山・皆子山・ナッチョ〉
2016年、勤労感謝の日。
京都北山に冬がやってきた。
出町柳駅に着くと近藤さんと二宮さんと合流した。
この日は3人で、京都府第2位の峰床山、京都府最高峰の皆子山、そしてナッチョを登り鞍馬山を経て鞍馬寺に下る予定だ。
7:45分発の超満員のバスに揺られ1時間。
いつの間にかフロントガラスではワイパーが左右に動いていた。
前日のラジオの天気予報は「明日は一気に冷え込むでしょう」と流れていた。
ネットの天気予報を見ると最高気温は4℃。天気は曇り。
雨が降るなんて言ってなかったのに…嘘つきの天気予報にがっかりしつつも、買ってから一度も来てないレインウェアを着れると思うと、少し嬉しかった。
私たちは坊村でバスを降りた。パラパラと弱い雨が降っていた。急いで公衆トイレの軒下に移動して上下のレインウェアを着込む。
用意ができると、近藤さんがカメラで出発前に集合写真を撮ってくださった。
ブルーのウェアの近藤さんと、偶然にもパープルでお揃いのOMMのレインウェアの二宮さんと私。上下色合いが一緒のOMM兄弟。足は3人アルトラ兄弟。なんだかこの一体感が嬉しい。
準備が整いいざ出発。
安曇川にかかる橋を渡り、右に曲がると小さな神社を見つけた。鳥居には水神社と書いてある。入口に湧き水が流れ出ていたので一口飲んで見た。思ったよりも冷たくない口当たりの柔らかい水だった。
神社を過ぎると、すぐ左手にある登山口へ。水神社の由来だろうか、登山道の横に沢が流れていた。少し進み木の階段を登るとあっという間に安曇川と国道を見渡せる尾根に出た。
しっとりと濡れた落ち葉を踏みしめながら北山らしい杉林の中を登っていく。
ふと見上げると、雨の粒が大きくなっている気がした。雨はいつの間にか雪に変わっていた。まさか初雪の日を山で過ごせるなんて!季節の訪れを山で過ごせるとは嬉しく思えた。
雪を写真に収めようと思っても写らないのに、ついついシャッターを押してしまう。
そして尾根を登り続け、最初のピーク鎌倉山に着いた。
ちょうど三脚にもってこいの切り株を発見。
道標を見て八丁平方面へと進む。尾根は広く目印も少なくわかりにくい所もあった。
尾根を下っているといきなり千年杉と書かれた巨大な杉の木が現れた。カメラに収まりきれないほど立派な木だった。
あっという間にオグロ坂峠に着く。
そこは鎌倉山と久多と八丁平を結ぶ三叉路になっているが、福井県の小浜と京都を結ぶ「鯖街道」の合流地点である事を教えてもらった。鯖街道は、京都から小浜までの最短ルートで、今は国道が通っているが、昔はこの山道が街道として使われていたそうだ。
近くにお地蔵さんがいらしたので手を合わせた。
オグロ坂峠を後にし、峰床山へと登って行く。
この道は10月に出場した花背トレイルランのコースだったのに、土地勘を思い出せず、頂上の折り返しの風景を見てようやくどこにいるのかがわかった。レースでは必死に走ってたので余裕がなかったようだ。またゆったりと訪れることができて嬉しかった。
峰床山の頂上は風が強く手が悴むような寒さだった。
エネルギー補給にと持ってきたスニッカーズをかじった。寒さでカッチコチに固まって、こんなに硬いチョコレート食べた事ない!と思うほど食べるのが一苦労だった。
峰床山を後に軽快に坂道を下り、八丁平へと続く濡れて滑りやすい木階段を慎重に下っていく。ここから先は初めて訪れる場所。
細く背の高い植物がポツポツと現れだし、湿地の雰囲気を感じ始める。
谷を下りきると広々とした湿地帯に出た。木の幹には鮮やかな色をした苔が覆っている。
「鹿だ!」という近藤さんの言葉の指す方に目を向けると、数頭の鹿がフワフワの白いお尻をふりふりしながら去って行った。
滑りやすい木道をゆっくり進む。まるで別世界のような広い湿原。こんな所が京都にあったなんて。透明な小川が流れ、緑から茶色へと移り変わるシダが茂り、一面に広がるグラデーションの景色が美しかった。透き通った小川に沈んだ朽ちた木もオブジェのよう。景色を写真に撮りたかったのに、ここで寒さに耐えられず手持ちのiPhoneの電源が落ちてしまった。
湿原を抜けると、花背のレースルートに再び合流した。
コースを逆走する形でニノ谷を下り、脇の登山道にそれて芦火谷川に沿ってさらに下って行くと尾越の廃村に出た。
川にはボロボロに錆びた車が崩れ落ちるように廃棄されていて、家屋には人気がない。
しかし家々は一見状態が良く、人が住んでいてもおかしくない様な光景だった。
雨はいつの間にか上がっていて、晩秋の傾いた日差しに照らされ、なんとなくセピア色に染まったような風景。淋しいような、でもどこか温かい不思議な雰囲気を醸し出していた。
細い峠道をいくつも越えないと辿り着けない奥地にあるこの集落は、交通の便も悪く、冬は雪深く、生活は大変だっただろうけど、村を捨てるのは住む人たちにとって辛い決断だった話ではないかと、少し切なくなった。
複雑な気持ちを残しつつ、尾越を後にし峠道を上って行く。使われなくなったアスファルトの道は苔が生えているのかツルツルと滑って歩きにくかった。
峠道を上り、皆子山を目指してまた山へと入っていく。
ルートがないため地図を見ながら尾根を進むのかと思いきや、最近つけられたであろう真新しいピンクのテープで丁寧にマーキングされていた。
ビビットなピンクは山中ではよく目立っていた。テープと地図とを頼りに進む二宮さんの後に続く。
標高が高くなるとまた雪が舞い始め、風も強くなってきた。北の山の方を見ると、空で勢いよく雪が舞っていた。
いくつかの尾根を巻き、皆子山への分岐を行く。
木々を縫うように進むと、風の通り道のように左右に開けた場所に出た。霧が立ち込める中優しく陽が差し込み、舞い降りる雪が浮かび上がった。その景色がとても美しく、しばらく立ち止まって眺めていた。
まだまだ山頂への道は続き、頂上だと思ったらまだ上があり、なかなかたどり着かない。だんだんと太腿の裏が張ってきて思う様に足が前に出ない。
とても遠く感じた頂上に辿り着いた時はとても嬉しかった。みんなでガッツポーズ!
まともにご飯も食べずに走りっぱなしだったので、立ったまま各々持ってきたおにぎりやパンを頬張る。立ち止まると寒くてじっとしていられない。
食べ終わるとすぐに出発し、分岐まで戻り南へと進む。ここからはテープもなく道なき道を進む。
ちゃんと整備されているわけではないけれど、この辺の道は丹波薫さんのパートナーの福田さんという方が作られた「福田ルート」であると、近藤さんが教えてくださった。
一面落ち葉で覆われた尾根は走るのが気持ちよくて、晴れてたら寝転がりたいほどふかふかしていた。
下り続けた先は道が左に折れており、その下に建物の屋根が見えた。北山修道院だ。
この建物は、村上春樹の「ノルウェイの森」の施設のモデルになったのだそうだ。
登山口はこの建物の横にあるらしいのに、道は途中で消えていて降り方がわからない。しかたなく少し戻り、脇の傾斜を滑り落ちない様に木の枝に掴まりながら下ってなんとか道路に出た。下った後に登山口を見つけたけど、無事に下りられたので、よしとしましょ。
京都の1位、2位の山は道のり長く、予定よりも時間がかかってしまい、ここで作戦会議。と、言いつつ地図を持っていない私は近藤さんと二宮さんの判断に従うのみ…。
とりあえずナッチョを目指して予定していたルートを進むことになった。工事が途中で頓挫したような造られて放置されている道路を進み、脇の登山道へと入る。
入口は一見見落としがちだけど、思い当たる所は一つだけ。とりあえず入ってみると当たっていた。
針葉樹林の山道を登っていくと、道は狭くなり、沢の脇をトラバースするようにロープが設置されていた。ロープがなければ少々危なっかしい所もある。落ち葉が深く積もり、足場も悪い。慎重に進んだ。
峠の上に出ると、目の前には琵琶湖が広がっていた。
そのまままっすぐ琵琶湖に向かって行きたところだが道を右に折れる。
登って行くと、林業のものなのか鹿よけなのか進む道に沿ってネットが張られている。頂上近くまでネットは続いていた。
本日のラスボス・ナッチョもまた簡単には登らせてくれず、登りきったと思ったらまだ上がある。
疲れてきて集中力はなくなっても、ただ前に前に進む。まとまりのない思考を巡らせながらナッチョ(天ヶ森)の山頂に到着。
頂上の東には琵琶湖が見え、対岸の向こうに近江富士も見えた。いい天気だ。
朝から打たれた雨や雪が嘘のようだった。地面も濡れていない。人の足で巡った距離で、こんなにも天気が違うことに驚いた。
そして、途方もないと思ってた距離を自分も行けるようになってた事が嬉しかった。
計画では鞍馬山まで向かう予定がここでタイムアップとなり下山する。
ナッチョの頂上を後にし、百井峠との分岐を小出石方面へと下って行く。
傾斜がきつい下山道は落ち葉で滑りそうだ。道幅が狭く谷側がすっぽり落ちている所もあり、足に神経を走らせた。
標高が下がり葉の落ちた広葉樹の森は針葉樹の森に変わった。
葉っぱで隠された森の中は薄暗く、時折木々の間から西日が差し込み、オレンジの光と影のコントラストが美しい。1日が終わって行く達成感を静かに感じながら下って行く。
沢が現れるとゴールはもうすぐ。何度か渡渉していくとうっすらと車道が見えた。車道までまっすぐ伸びる気持ちのいいトレイルの道を走り抜けた。
登山口から10分ほど車道を走ったところにあるバス停で、この日のゴールとなった。
経験豊富な先輩方ありがとうございました。
距離は約26km。
1日で「大原の里10名山」のうち3座を登頂できた。20km台が特別な距離ではなくなってきたことは少し自信になってきた。
そして、山と山とを繋ぐ鯖街道や八丁平、尾越…
いくつもの山の間には昔から続いてきた人の生活があり、いつしか忘れ去られつつある日本の良さが隠れている魅力たくさんのルート。
いつか、この続きを走り鞍馬まで行ってみたいな。
Photo by 近藤淳也さん